大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)15931号 判決 1995年9月07日

原告

株式会社ヘルメックスインターナショナル

右代表者代表取締役

姜竜世

右訴訟代理人弁護士

小野幸治

水野英樹

被告

有限会社コロムビア

右代表者代表取締役

松本雄二

被告

松本雄二

松本節子

松本裕郷

右被告四名訴訟代理人弁護士

中村治郎

被告

有限会社ウォーカー

右代表者代表取締役

松本順郷

被告

松本順郷

右被告ら訴訟代理人弁護士

伊達俊二

主文

一  被告有限会社コロムビア及び被告有限会社ウォーカーは、各自、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告松本雄二、被告松本順郷、被告松本節子及び被告松本裕郷は、各自、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成五年九月二一日(被告松本順郷にあっては、同年一一月二五日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  手形金債権

(一) 被告有限会社コロムビア(以下「被告コロムビア」という。)は、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出した。

(二) 本件手形の裏面には、第一裏書人訴外株式会社関越興産、同被裏書人白地、第二裏書人訴外佐久間一信、同被裏書人白地、第三裏書人原告との記載がある。

(三) 本件手形は、支払呈示期間内に支払場所に呈示された。

(四) 原告は、本件手形を所持している。

2  法人格否認(被告有限会社ウォーカーに対し)

被告有限会社ウォーカー(以下「被告ウォーカー」という。)は、平成五年一月一二日ころ、被告コロムビアが平成四年一一月から一二月にかけて振り出した約束手形数通(本件手形を含む。)の手形債務の一部を免れようとして、その手形債務を除き被告コロムビアの主要な営業財産のほとんどすべてを含む営業の譲渡を受けて設立されたものであるが、会社制度を濫用して計画的に設立された会社で、その人的・物的構成等からみて被告コロムビアと法律上全く同一の会社というべきであるから、いわゆる法人格否認の法理の適用により、被告ウォーカーにも前項の手形金の支払義務がある。

3  取締役の第三者に対する責任(被告松本雄二、被告松本順郷、被告松本節子及び被告松本裕郷に対し)

(一) 被告コロムビアの代表取締役である被告松本雄二(以下「被告雄二」という。)及び平成五年一月一一日まで被告コロムビアの取締役であった被告ウォーカーの代表取締役である被告松本順郷(以下「被告順郷」という。)は、被告コロムビアが前記の同被告振出に係る手形を振り出すことを企図し、又は振り出したことを知りながら、前記のとおりその手形債務を免脱するために、被告ウォーカーに営業を譲渡した。

(二) 被告松本節子(以下「被告節子」という。)及び被告松本裕郷(以下「被告裕郷」という。)は、いずれも、被告コロムビアの取締役として、被告雄二の業務執行一般について、監視・監督すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、前記営業譲渡を防止するどころか、悪意又は重大な過失によってその営業譲渡に協力した。

(三) 前記営業譲渡の結果、本件手形が不渡りとなり、原告は、本件手形を買い戻さざるを得なくなったため、本件手形の額面金八〇〇万円に相当する損害を被った。

4  よって、原告は、被告コロムビア及び被告ウォーカーに対し、本件手形の振出しに基づき、各自本件手形金八〇〇万円及びこれに対する満期の日である平成五年三月三一日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うよう求めるとともに、被告雄二、被告順郷、被告節子及び被告裕郷に対し、有限会社法三〇条ノ三第一項の規定に基づき、各自、本件手形金相当の損害金八〇〇万円及びこれに対するそれぞれ違法行為のされた日の後である平成五年九月二一日(被告順郷にあっては、同年一一月二五日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実のうち、(一)は認め、その余は不知。

2  請求の原因2の事実のうち、被告ウォーカーが被告コロムビアから平成五年一月一二日ころ営業の一部の譲渡を受け、同日設立されたことは認め、その余は否認する。

被告ウォーカーが原因関係を欠く手形債務を引き受けないことは、信義に反するものではない。

3  請求の原因3の事実のうち、被告らが原告の主張のとおり被告コロムビアの取締役であったことは認め、その余は否認する。

被告節子及び被告裕郷は、被告コロムビアの名目上の取締役であって、同被告から被告ウォーカーに財産が譲渡されたことについてすら知らなかった。

三  抗弁

1  被告コロムビアは、平成四年一一月一六日ころ、訴外大山哲男(以下「大山」という。)によって、同人が金融を得させる意思も能力もないのに手形を割り引いて金融を得させる旨欺岡され、本件手形を振り出した。

そこで、被告コロムビアは、そのころ、大山に対し、本件手形の割引委託につき、取り消す旨の意思表示をした。

2  原告は、本件手形の交付を受けた当時、前項の事実を知っていた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実については不知。

2  抗弁2の事実は否認する。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一から第一〇号証まで

2  原告代表者

3  乙第六、第七号証の成立は不知、その余の乙号各証(乙第八号証については、原本の存在を含む。)の成立は認める。

4  丙第一から第三号証まで及び第六号証の成立は不知、その余の丙号各証の成立は認める。

二  被告

1  被告コロムビア、被告雄二、被告節子及び被告裕郷

(一) 乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四から第九号証まで

(二) 証人大山哲男及び被告兼被告コロムビア代表者松本雄二

2  被告ウォーカー及び被告順郷

(一) 丙第一から第七号証まで

(二) 被告兼被告ウォーカー代表者松本順郷

3  全被告

甲第三号証中裏書部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求の原因1(手形金債権)について

請求の原因1(一)の事実については当事者間に争いがなく、同(二)、(三)及び(四)の事実については、裏書部分以外については成立に争いがなく、その余の部分については原告代表者本人の供述によって真正に成立したものと認められる甲第三号証及び原告代表者本人の供述により認めることができる。

二  抗弁について

抗弁1については、成立に争いのない甲第八号証、乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第八、第九号証、証人大山哲男の証言、被告兼被告コロムビア代表者松本雄二本人の供述によれば、被告コロムビアが金融を得るために大山に対して手形の割引を依頼したこと、同人がこれを承諾し、同人の知人である北野晃に本件手形を交付して割引を依頼したことは認めることができるものの、進んで大山が同被告に対して金融を得させる意思がなかったこと、更には同被告が同人から手形を詐取されたことについては、全証拠によっても未だこれを認めるに足りない。

なお、原告代表者本人の供述によれば、原告は、以前から永年の友人である金融業者訴外国松明との間で、手形の割引をしたり、あるいは融資を受けたりしていたが、本件手形についても同人から割引を依頼されてこれを承諾した事実を認めることができ、しかしながら、進んで、本件全証拠によっても、原告が本件手形の交付を受けた当時被告コロムビアと大山との関係等を知っていたと認めるに足りない。

よって、抗弁は、理由がない。

三  請求の原因2(法人格否認)について

1  請求の原因2の事実のうち、被告ウォーカーが平成五年一月一二日ころ被告コロムビアから営業の一部の譲渡を受けて同日設立されたことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、会社が取引の相手方からの債務の履行について時間と費用とを浪費させる手段として、旧会社の営業財産をそのまま流用し、商号、代表取締役、営業目的、従業員等において、旧会社と同一の新会社を設立したような場合には、形式的に新会社の設立登記がされていても、新旧両会社の実質は同一であり、新会社の設立は旧会社の債務の免脱を目的としてされた会社制度の濫用であるとして、信義則上、新会社は旧会社の債権者に対し別異の法人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても責任を追及しうると解すべきである(最高裁昭和四八年一〇月二六日第二小法廷判決・民集二七巻九号一二四〇頁、最高裁昭和五三年九月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一二五号五七頁参照)。

そこで、本件について検討すると、成立に争いのない甲第一、第二号証、前掲甲第三号証、成立に争いのない甲第四から第一〇号証まで、前掲乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第八、第九号証、被告兼被告コロムビア代表者松本雄二本人の供述及び被告兼被告ウォーカー代表者松本順郷本人の供述により成立の認められる丙第一から第三号証まで及び成立に争いのない丙第四号証並びに証人大山哲男の証言、右各被告本人の供述の一部並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、乙第八号証(本人調書写し)及び丙第三号証(陳述書)並びに被告兼被告コロムビア代表者松本雄二本人及び被告兼被告ウォーカー代表者松本順郷本人の各供述中、右認定に反する供述部分は、採用しない。

(一)  被告コロムビアは、昭和二八年一〇月二六日、資本の総額を三五〇万円とし、代表取締役に被告雄二を当て、洋品靴、雑貨の製造販売等を目的として設立された有限会社である。その後、被告コロムビアは、被告雄二の妻節子及びその長男被告順郷を取締役に、その子松本剛及び松本麻依を監査役に当て、本店を元麻布に構え、有楽町、西麻布及び神戸に支店を置いて、ウォーカーという屋号で主に靴の販売を行ってきた。なお、被告順郷、松本剛及び松本麻依は、被告ウォーカーの設立される前日である平成五年一月一一日、取締役又は監査役を辞任している。

(二)  被告ウォーカーは、平成五年一月一二日、目的を靴、カバンほか皮革製品の製造販売等とし、資本の総額を三〇〇万円として、その全額を被告順郷が出資して自ら代表取締役に就任し、取締役に同被告の弟裕郷を、監査役にその妻志のぶ、松本剛及び松本麻依を当てて設立された有限会社である。

(三)  被告雄二は、被告コロムビアの資金繰りに窮し、融資を銀行以外に仰がざるを得なくなり、平成四年一一月一六日から同年一二月二一日までの間に、金融を得る目的で、満期を翌五年二月二二日から同年五月二五日とする本件手形を含む約束手形一七通(以下「平成四年未振出手形」という。)を振り出した。

(四)  しかし、被告コロムビアの再建がいよいよ難しくなってきたので、被告雄二及被告順郷は、平成四年一二月ころ、被告コロムビアの倒産を防止してその本業であるウォーカー靴店の営業を維持するために、税理士に相談した結果、新会社を設立して、新会社に平成四年末振出手形の手形債務は承継させないこととして被告コロムビアの営業を譲渡することとした。

そこで、被告コロムビアは、平成五年一月一二日ころ、被告ウォーカーに対し、同年二月一九日をもって東京本店としての前記有楽町店、元麻布店及び神戸店におけるウォーカー靴店の営業権を譲渡する契約を締結し、右営業を構成する資産(売掛金、商品、造作、車両運搬具、電話加入権、権利金、敷金及び保証金、以上合計金約六一四八万円相当)及び負債(支払手形及び未払金、以上合計金約六七五四万円相当)を譲渡し、従業員を引き継ぐとともに、右以外の資産及び負債(本件手形債務ほか、平成四年末振出手形を含む。)は承継しないこととし、営業譲渡の対価については、別途協議して支払うこととした。なお、右営業譲渡の対価については、その後支払われなかった。

(五)  被告ウォーカーは、右営業譲渡契約の締結後、被告コロムビアか、ら、ウォーカー靴店の営業につき、右営業譲渡契約で譲渡された資産のほか、従前の屋号、得意先及び仕入先等一切の営業を承継し、前記有楽町の店舗において靴の販売を営むことになった。なお、右店舗の賃借権について、賃貸先に対しては、有限会社コロムビアから有限会社ウォーカーに社名が変更されたものとして通知された。

一方、被告コロムビアは、右営業譲渡契約の締結後、平成四年末振出手形の手形債務を除くほとんどの資産及び負債を被告ウォーカーに譲渡し、何らの営業活動もしていない。

3 以上のとおり、被告コロムビアと被告ウォーカーは、取締役及び監査役を同族で構成し、営業目的もほぼ同一であって、営業上の屋号、取引先及び従業員関係、什器備品を共通にし、しかも被告コロムビアが倒産のおそれが必至とみられるときに、本件手形債務ほか一部の債務を除く営業を譲渡したことにかんがみれば、右営業譲渡が右の債務の支払いを免れる目的をもってされたものということができ、結局、新会社たる被告ウォーカーは、旧会社たる被告コロムビアの債権者に対して別人格であることをもって当該債務を免れることはできないといわねばならない。

よって、被告ウォーカーは、原告に対して、本件手形金債務を負うといわざるを得ない。

四  請求の原因3(取締役の第三者に対する責任)について

1 請求の原因3について、被告雄二は被告コロムビアの代表取締役として、被告順郷は同被告の取締役として、前記のとおり、同社の決済資金の目処のつかないまま、本件手形を含む平成四年末振出手形の割引を依頼するとともに、同社の継続が困難とみるや、新会社を設立して、同社に唯一資産価値のあるウォーカー靴店の営業権を譲渡し、もって被告コロムビアを休業に至らしめて右各手形金の支払を不能ならしめたのであるから、被告雄二及び被告順郷の本件手形の振出しを含む右行為は、取締役が会社の職務を行うにつき悪意又は重過失のあったものとして、その責務を免れることはできない。

被告順郷は、本件手形振出しの事実を知らなかったと供述する。しかしながら、右供述部分は、同被告が昭和五六年三月から父である被告雄二とともに被告コロムビアの経営に携わり、同社の主たる事業としての靴の販売仕入を担当してきたと供述していること、それに加えて甲第八号証及び証人大山の証言に照らして、信用しがたい。

2  被告節子及び被告裕郷は、同被告らがいわゆる名目的取締役であって、被告コロムビアから被告ウォーカーに営業が譲渡されたことすら知らなかったと主張する。しかしながら、右の主張に関しては、被告雄二が、同被告らは名義だけの取締役であり、被告コロムビアの仕事をしたことはないと供述するのみであって、そのほかこれを認めるに足りる証拠はない。仮に右の供述のとおりであるとしても、会社の取締役は、会社に対して、代表取締役の業務の執行の全般についてこれを監視し、その業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものであって、このことは名目的に就任した取締役についても同様であると解するのが相当である(最高裁昭和五五年三月一八日第三小法廷判決・裁判集民事一二九号三三一頁)。本件においては、被告節子は遅くとも昭和五二年二月以降、被告裕郷は昭和五五年九月以降取締役の地位にあり、しかも被告雄二の妻又は子としての立場からすると、たとえ被告雄二及び被告順郷が被告コロムビアの経営に専行していたとはいえ、一族の会社の業務の執行に関して容易に知ることができ、その存立について無縁であったとはいいがたく、更に被告裕郷においては被告ウォーカーの設立と同時に同社の取締役に就任していることからすると、名目的取締役に留まっていたとはいいがたい。

したがって、被告節子及び被告裕郷は、取締役として、代表取締役の業務執行一般について、これを監視すべき責務があるというべきであり、被告雄二が被告コロムビアの代表取締役としてした本件手形の振出しにつき何らするところがなかったことは、その職責を怠ったといわざるを得ない。

3  原告代表者本人の供述によれば、被告コロムビアが本件手形の振出人としてその手形債務を履行しないことにより、原告が本件手形の額面金額相当の損害を被ったことを認めることができ、右損害は、被告雄二、被告順郷、被告節子及び被告裕郷の取締役としての違法行為によって生じたものということができる。

よって、請求の原因3は理由がある。

五  以上のとおり、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官門口正人)

別紙手形目録

約束手形

金額   金八〇〇万円

満期   平成五年三月三一日

支払地  東京都千代田区

支払場所 株式会社三和銀行

日比谷支店

受取人  白地

振出日  白地

振出地  東京都千代田区

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例